※以下のコラムは、私が理事を務める一般社団法人中小企業支援ナビに寄稿したコラムに加筆修正したものになります。
2021年12月3日 愛知銀行と中京銀行が、経営統合に向けて検討していることが一斉に報じられました。実現すれば、単純合算の預金残高は約5兆円にもなり、東海3県においては、十六銀行 5.9兆円 大垣共立銀行 5.4兆円 百五銀行 5.2兆円に次ぐ規模になるようです。今のところ、正式発表がないので何とも言えませんが、統合による人員削減や支店統廃合といった単純なコスト削減だけではない、将来を見据えた新たな価値創造を含んだ戦略的な経営統合であることを願うばかりです。
日経ビジネス(2021年11月29日号、P36~) 「クボタ、デジタル化で開くニッポンの農業の未来」という記事の中で、農業機械国内最大手のクボタは、「農機シェアリングサービス」を2021年春から実験的にスタートしたということが書かれていました。自動車のシェアリングサービスをイメージすればわかりやすいですが、メーカーがシェアリングサービスに踏み切るということは、短期的にみると「販売台数減」になることは間違いありません。また自動車と異なるのは、農業機械は多岐に亘ることで、稲作について考えると田植機、トラクター、コンバイン、乾燥機、色彩選別機などなど、様々なものが対象になります。
なぜ自ら販売台数減になるような戦略をとるのか、そこには将来を見据えたビジョンと課題設定があったからだと考えます。日本の国内農業は、農業者の減少(2000年:233万戸⇔2020年:102万戸)と農業従事者の高齢化(2000年:60歳⇔2020年:67.3歳)という問題を抱えており、単に農業機械分野で優位性を確立していたとしても市場全体の縮小で先細りするということは目に見えています。
そのような環境下において、クボタとしてできることは何か、“新規就農者を増やすこと”、すなわちこれを長期的な課題として設定したのです。新規就農者が増えない理由は、初期投資、土地の確保、ノウハウ(同記事より)で、この中の“初期投資”“ノウハウ”にあたる課題を解決することで、新規就農を後押ししようと考えたのです。ちなみに、このシェアリングサービスにおける小型トラクターの利用料金は燃料費・税込で1時間 2,200円で年会費・入会費等は一切かからない、スマホで予約、24時間使用可能と、形式的ではない本気度がうかがえるサービスになっています。また、“ノウハウ”の分野においても、「農業経験のないパートでも、その日限りの作業をできるように機械を工夫していく。」と明確に、今後の農業経営の在り方(個人・属人的から、大規模化・汎用化)を見据えています。
クボタの北尾社長は、「我々の顧客である農家の困りごとは、入り口から出口までクボタが全部面倒をみられるようにしよう。」(同記事より)とおっしゃられています。これは一見すると、栽培から加工、販売という一連の生産工程を支援するようにも受け取れますが、実際は、
短期的:農業者の抱える目前にある課題(人材、後継者難、設備費用)
中・長期的:日本の農業の将来課題(人口減少、高齢化、就業者減、ノウハウの喪失)
現在から将来までという“時間軸も含めた課題解決”=“全部面倒”を考えているのでないかと感じます。複数事業が混在するので単純比較はできませんが、競合する農業機械メーカー(ヤンマー・井関農機)と比べて圧倒的な成長率とシェアを握っているのは、こういった将来ビジョンが明確で浸透(社内にも顧客にも)しているからなのではと想像しています。
ビジョンが明確になると戦略ももちろん明確になります。逆に言うと、ビジョンがなければ戦略が正しいのかどうかもわかりません。例えば、クボタが人事戦略上、デジタル人材の確保に積極的になるのは、上記理由からも明らかです。従来は圧倒的に機械専攻の人材を確保していたようですが、この10年で電気・電子や情報専攻の人材を3倍採用しているようです。しかし、仮に他社が「クボタがデジタル人材を増やしているし、最近は農業でもIoTが必要と言われているから・・・」という理由でデジタル人材を増やしたり、「販売台数アップのためには、機械のレベルアップが必要不可欠。」だから従来通りの機械人材のみ増やしていく、という戦略を採ったらどうなるでしょう?おそらく、ビジョンの無いところで戦略が考えられてしまったのだとしたら、きっとうまくいくことはないでしょう。
さて冒頭の銀行の経営統合の話。経営統合という大きな大きな戦略実行を決断したわけですが、そこにビジョンはあるのか、そしてそれを社内に浸透させ、顧客に新たな価値創造を提供することができるのか。そこに成功のキーがあるのだと思います。経営統合によって新たな事業モデル・ビジョンが提示されることを密かに期待しています。